おばあちゃんが幸せなら忘れてもいいよ

あれはいつの頃だったっけ?母がおばあちゃんを病院に連れて行った。いつもとは違う病院に。おばあちゃんは帰ってきて、「私もああなるのかな。嫌だよ。」とつぶやいた。おばあちゃんが言っていたのは、すぐ隣に住むおばあちゃんのことだった。私が小さい頃から
2人は仲良しで、町内会の旅行に一緒に行ったり、洗濯物を取り込みに外に出た際にばったりと会ったときにはいつも楽しそうに立ち話をしていた。私は大きくなり高校を卒業し大学に通い始め、だんだんと隣のおばあちゃんとは疎遠になっていった。その後私は就職し、しばらく都市部で働いたものの、20代後半になって地元に戻ってきた際に、隣のおばあちゃんはデイサービスに通い始めたと聞いた。認知症を発症し、もう自分の名前も何も覚えておらず、朝でも夜中でも家を飛び出す始末で家族で面倒が見れないと。それから私自身も自分のことで忙しく時間を過ごしていくうちにいつの間にか隣のおばあちゃんは亡くなってしまった。
隣のおばあちゃんが認知症だったと聞いてもまだ私には他人事だった。私のおばあちゃんが認知症だと聞かされるまでは。
おばあちゃんはそれから定期的に病院へ通い始めた。病院では、いつもクイズをさせられて嫌だとおばあちゃんは言った。今日は何年、何月、何曜日、自分の名前、誕生日、家族構成、計算ドリルまでさせられる…と。
傍で見ていても、特段変わった様子もなく、何かを思い出そうとするような素振りもしなかったから、そんなに悪いっていうことじゃないんだなあと気楽に考えていた。
それから少しずつ、少しずつ、おばあちゃんはいろんなことを忘れていった。
両親が共働きだったから、小さい頃から私と弟はじいちゃんばあちゃん子だった。
保育園への送り迎えも、食事の支度も、買い物に行ってお菓子を買ってくれるのも皆じいちゃんばあちゃんだった。
おばあちゃんが作ってくれる甘い甘い卵焼きも食べれなくなった。冬に作ってくれた、シーフードの野菜スープも。母が見よう見まねで同じように作ったけれど、味がやっぱり違う。おばあちゃんにレシピを聞いておけば良かった、と思った。
庭にはいつも花が咲き乱れていて、いつお客さんが来ても自慢の庭だった。それもいつの間にか、庭には何も咲かなくなった。毎日読んでいた新聞も、毎月定期購読していた大好きな雑誌も、ぱったりと読まなくなった。
それから何もかも自分からすることを億劫がるようになり、自分の名前も忘れてしまった。
いつもにこやかだった顔も、無表情になることが多くなった。それでも、私がご飯を食べていると、「たくさん食べや。」と言って自分の分のおかずを私にくれようとした。
小さい頃のおばあちゃんのままだ…。
とても悲しかった。母とは違っていつもやさしかったおばあちゃん。一度も怒られたことはなかった。おばあちゃんに、夕飯の手伝いを私にもさせなきゃだめよ、とどんなに母が言っても、おばあちゃんはいつもこう言った。
「あんたは宿題終わらせて、遊びに行ってきなさい。」
私の頭の中では、おばあちゃんはずっと子供の頃から変わらなかった。だけど明らかに変わっていくおばあちゃんを見ていると辛く、悲しかった。そのうちおばあちゃんは母の名前を忘れ、私の名前も忘れた。しばらくはいつもテレビの前で座っているのだけれど、ふとすると外へ出て行くようにもなった。一度、一人で歩いているところを近所の人が見つけてくれて連れて帰ってきてくれた。それからというもの、母も父も私も、おばあちゃんが出ていく素振りをしたら、出て行っちゃダメと玄関でおばあちゃんをとめた。それでも出ていこうとするので、私たちは諦め、少し後ろをついて行くようになった。

おばあちゃんはそれが気に入らないらしく、「ついてこなくていい。」という。おばあちゃんはいつも必ず同じルートを歩いて15分ほどで帰ってくるので、何度かついて歩いた後、
私たちはついていくのを止めた。その道はおばあちゃんが結婚して家に引っ越してきて以来何十年もおじいちゃんとともに畑に行ったり、私や弟を保育園まで送り迎えしてきた道だ。毎日必ず途中のお地蔵さんにお参りして、今もなお、お地蔵さんのところまで来ると手を合わせてから帰ってくる。料理や庭の手入れは全く忘れちゃったのに何でだろうね、と母と話した。
最近になって、オムツをし始めたと母から聞いた。
おばあちゃんのことを思うたびに思う。おばあちゃんは今幸せを感じられているのかな、と。いつも文句を言わず、欲しいものも買わず、風邪をひいていても畑に行き、帰ってきたら家族全員のご飯の支度をしていたおばあちゃん。今やっとその義務から解放されて、
幸せになったのかな、と。だけど、やっぱり
無表情でテレビを見ているおばあちゃんを想像すると、幸せには思えない。
そんなおばあちゃんと、おばあちゃんとおじいちゃんの介護をする母と父を置いて、私は外国に嫁いでしまった。何かあってもすぐには帰れない。結婚を迷い、やっと決意して新しい土地へ来たけれど、私は泣かずにいられるだろうか。